2007年にスタートしたレーベル grainfield の、初期4作品のサブスクリプションサービス / ダウンロード流通(Apple Music や Spotify などのダウンロード/定額配信サービス) をはじめています。身近な環境からアクセスできるようになりました。
また、2007年に gg から限定リリースされたアルバム『(は)』をリマスタリングして、タイトルを『HA』として配信限定で再リリースしました。(マスタリングエンジニアは Studio Camel House 田辺玄)
わたしにとって、どれも大切なアルバムです。
ブログ「森と記録の音楽」の書き手として知られ、フランスのインディペンデント・ウェブラジオ LYL Radio のレジデンシーDJでもある藤井友行さんに、各アルバムについてあらためて言葉を紡いでいただきました。
このアルバムたちに、またあたらしい光が当たりますように。(青木隼人)
音が還る場所
TEXT : 藤井友行
誰かに何かを言葉で伝えようとするとき、ふさわしい言葉を選んだつもりでも、いざ口にした途端に、その伝えたかったことが遠くへ消えていってしまうように感じることがあります。さっきまでは確かにここにあったはずなのに。その度に、伝えることの難しさと自分の力のなさを噛みしめます。また、それとは反対に、誰かに大事なことを打ち明けようと、何もない空間を見つめてしばらく黙っている間に、その気持ちが相手に相違なく伝わることもあります。 音楽家・青木隼人のことを誰かに伝えようとするとき、そのような長い無言の時間が必要だと感じます。彼の音楽が、楽器の響きや奏法、メロディや和音といった音楽的側面だけでなく、人・場所との対話やその質実な振る舞いによって支えられてきたことを、どうしたらうまく伝えられるのだろう。今そう思いながら初期作品に耳を傾けていると、彼のギターは10年前と何も相変わらず、静かな時間の流れに沿うように響きます。決して向こうからは語りかけず、しかし、こちらの声が届く場所でじっと佇む木立のように。2つの「guitar solo」、2つの「morning」、そして「HA」。5つのアルバムがあたらしい聞き手に届くことを、そしてどこかで誰かを待つ時間や、もの思う時間になることを願って。
guitar solo #1
Rec:2002 / Release:2007
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guitar solo #2
Rec:2005 / Release:2007
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青木隼人が自身の音楽の旅を始めた時期は、カントリーやブルーグラスといったアメリカのフォークロア音楽が「音響」という聴き方で再発見された時期と大きく重なるのだろうと思います。当時日本にも波及していた米シカゴを中心とするミニマルなアコースティック音響、とりわけタウン&カントリーやベン・ヴァイダの作品への反応と、名もなきフォーク・ミュージシャンたちへの共感を、彼の初期作品から感じ取ることができます。
ある土地や民族から生まれ、伝承されてきた文化を指す「フォークロア」。── その人々の一人一人がひっそりと大切にしてきたことや、親しい人との間だけで共有されてきたことも、同じようにフォークロアと呼ぶことができるのだろうかと、ふと、彼の音楽を聴きながら考えたことがありました。悩みや憂いといった誰かに容易に伝えることのできないこと、伝えられずとも次の代でも同じように繰り返されるもの。そのような個人の宿命と、土地の文化が、縦糸と横糸の関係となって交じりあいながら、さまざまな民の音楽模様を形成してきたのかもしれません。
2007年にリリースされた「guitar solo #1」「guitar solo #2」は、プライベートな空間で録音されたアコースティック・ギター・アルバム。アメリカン・プリミティヴのスタイルをルーツとする即興演奏から生まれたみずみずしい旋律と、呼吸のような空白、そして彼自身の内なるフォークロアが静かな衝動とともに刻まれています。作者にとっては二度と立ち返ることができない場所。しかし、今も創造の源となって先の道を照らし続ける。青木隼人の出発点と呼ぶに相応しいタイムレスな作品です。
guitar solo1,2 のジャケットは、アメリカの写真家 H.W.Gleason (1855-1937) の写真。ソロー著『森の生活』(岩波文庫版) に掲載されていて「いつかアルバムを作ったらこの写真をジャケットにしたい」と思っていた。使用にあたっては Gleason の写真を管理しているアメリカの図書館とコンタクトをとって許可をいただいた。(青木)
morning july
Rec:2006 / Release:2008
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morning october
Rec:2006 / Release:2008
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明け方に集まり、演奏を聴き、皆でテーブルを囲んで朝食を食べる。ある人は学校へ、ある人は会社へと出かけていく。── この「morning july」「morning october」は、2006年に葉山のギャラリー haco で行われた「朝の音楽と朝食の会」でのライブ録音に基づいて制作されたアルバム。2枚あわせて2008年春にリリースされました。
「朝の音楽と朝食の会」とは、青木隼人がギャラリーや料理店で現在まで続けているソロ演奏会。元々は初台の近江楽堂で高校時代の音楽仲間とともに行なっていた「朝の音楽」があり、当時会場音楽や DM のデザインなども手がけていた haco のオーナーとの会話から、日の出の頃から始まる朝食付きの演奏会というアイデアが生まれたといいます。本作は、その「朝の音楽と朝食の会」のもっとも早い時期のドキュメントです。
前作の延長線上にあるゆったりとしたギターが、さらに多くの空白や余韻をともない爪弾かれる「morning july」。クロマティック・ハープとメロディオンによる長い持続和音が、偶発的なうなりを引き起こしながら、風にたゆたうように表情を変えてゆく「morning october」。どちらも1時間を越えるライブ演奏から抜粋され、編集がなされています。
青木隼人の演奏を聴くとき、その場にあるさまざまな要素と、彼の音楽とが、密接に結びついていることを意識させられます。季節や天気、建物がもつ記憶、周囲の会話や物音、場をともに作る人たちの空気、というように。本作の場合、録音は楽器に取り付けられたピックアップを通した音が中心のため、実際には周囲の様子はほとんど聞こえないはず。しかし、ここに記録された音楽は、刻々と動き出す朝の時間と、皆で共有された場の気配や息づかいを、たしかに感じさせてくれます。
「morning october」の疑似ステレオ化と再構成を担当したのが、後にラジオゾンデで活動を共にする津田貴司。環境がもつ固有の響きとリスニングのあり方に意識を置いた2人の音楽は、私にとって、吉村弘や芦川聡、セント・ギガといった「環境と音」の系譜に連なるものであったことを、アンビエント・ミュージックが再び注目されている今あらためてここに記したいです。
*ラジオゾンデは2枚のCDをリリースしています。どちらも廃盤ですが、usedでは入手可能です。
sanctuary (STARNET MUZIK)
radiosonde (FLAU)
morningシリーズのリリース時に制作したフライヤー。写っているのが葉山にあったギャラリー「haco」。まさにこの椅子に座って演奏をしていた。写真は中川博之さん。演奏をしていた早朝の時間に撮影をお願いした。フライヤーには『murren』発行人の若菜晃子さん、音楽ユニット「sans deer」の杉本卓也さんから文章をいただいた。(青木)
HA
Rec:2007 / Release:2007 / Remaster:2018
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2007年7月に渋谷の雑貨店ggで行われた、新津保建秀と北川一成によるアート・プロジェクト「ヒント日」の企画展「(は)」のために制作されたアルバム。今回の配信では、Studio Camel House 田辺玄によりリマスタリングが施され、青木隼人自身が描いたあたらしいカバーアートが添えられています。
「フィールド・レコーディングを用いた音楽」という会場側からのリクエストを受けて、企画展のテーマに設けられた(は)を「音の波」と解釈し、イメージを広げたという本作。初夏の2週間、作者が音を集めに訪ねたのは、当時住んでいた杉並区の公園や神社、湘南の海岸、京橋にあった石造りの洋館ビルなど馴染みのある場所。そうして録音された風景音を下地にして、波長を合わせるように、ギターやピアノ、オルゴールなどの音が重ねられていきました。限られた制作期間の中、その場のひらめきをたよりに、ときに偶然性に身を委ねるようなプロセスから生まれた7つの「音の波」は、異なる音の組み合わせが実に視覚的なリズムをつくり出し、本のページを捲ってゆくように、軽やかに移り変わっていきます。
作者が意図するものとは別に、作者も他のだれも立ち入ることができない自由な領域が、あらゆる音楽に内在するのだろうと思います。音楽の一部であることも忘れて、音同士が無邪気に戯れ、それぞれ還る場所のことを話し合っている。人が住まなくなった家や野ざらしになった空き地、本棚の裏側のような人目のつかない隙間にも似たその領域は、ひょっとしたら「自然」という言葉で置き換えられるのかもしれません。普段気に留めない身近なところに、音楽のかけらが、まだ自然の顔をしたまま静かに潜んでいることを、この作品はそれとなく教えてくれるのです。
こちらが2007年にリリースされた『(は)』。A4サイズのパッケージにCD、新津保建秀さんの写真カード、北川一成さんのアートワークを含む豪華仕様。ウェブから購入可能。(青木)
藤井友行 Tomoyuki Fujii
ポスト-アンビエント音楽を紹介するブログ「森と記録の音楽」の書き手。フランスのインディペンデント・ウェブラジオ LYL Radio のレジデンシーDJ。
森と記録の音楽
http://post-ambient.blogspot.com/